大判例

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札幌高等裁判所 平成2年(う)127号 判決

本籍

北海道白老郡白老町字萩野六番地

住居

右同所

建築業

山本周敏

昭和一〇年一一月四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成二年六月二六日札幌地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月及び罰金一八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人金谷幸雄提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

論旨は、被告人を懲役一年及び罰金一八〇〇万円(懲役につき三年間の刑執行猶予)に処した原判決の量刑は、懲役の刑期の点で重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し当審における事実取調べの結果を合わせて諸般の情状について検討するに、本件は、白老郡白老町で建築業を営む傍ら、かねてから野村証券株式会社札幌支店を通じ株式の現物取引などを手掛けていた被告人が、同会社の営業マン山崎光一の勧めに従い、昭和六〇年五、六月ころから株式の信用取引にも手を広げて取引量を大幅に増やしたところ、昭和六一年には、自己又は妻名義による取引回数が合計一〇二回、取引した株式総数が一六六一万二〇二七株に上り、これら取引により一億三一〇〇万円余りの売買差益を得たが、取引の都度有価証券取引税を差し引かれているうえ、更に所得税まで支払うことになるとせつかく儲けた金が残らないし、今後とも株式取引を続ける以上いつ損をするかわからないとして、右差益のほか公社債取引、投資信託取引及び端株売却による差損益をも合わせた雑所得(有価証券売買益)全部を秘匿してこの分に課される所得税を不正に免れようと企て、同年分の実際所得金額が一億三七二四万七〇九七円であり、これに対する所得税額が八三二六万三八〇〇円であるにもかかわらず、法定の申告期限内に、昭和六一年分の所得金額が五二四万八九一〇円であり、これに対する所得税額が六二万四三〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を所轄税務署長に提出し、そのまま法定納期限を徒過して正規の税額との差額八二六三万九五〇〇円につき所得税を免れたという事案である。

被告人は、昭和五五年分所得税についても本件と同様に有価証券売買益を除外した過小の確定申告をして、所轄税務署の税務調査を受け、修正申告をしたことがあるほか、昭和六〇年秋ころ、山崎光一からも課税要件の説明を受けるなどして、被告人が得た株式売買益につき申告義務があることを十分認識しながら、敢えて本件犯行に及んだものであつて、動機に酌量の余地はなく、しかも、ほ脱額は八二六三万円余と高額で、税のほ脱率も約九九・二五パーセントと極度に高いことなどを考慮すると、犯情は芳しくなく、被告人を懲役一年及び罰金一八〇〇万円(労役場留置一日につき二〇万円に換算)(懲役刑につき執行猶予三年)に処した原判決の量刑は首肯しえないではない。

しかしながら、本件のほ脱行為は単年度限りのものであり、株式取引自体は被告人及びその妻の実名が用いられていて、殊更な偽装行為その他の所得秘匿工作をしたあとはなく、犯行の手段、態様は単純であること、被告人は、査察調査や捜査に協力したほか、昭和六三年一二月二日に修正申告をして即日ほ脱税額八二六三万九五〇〇円を所轄税務署に、また、平成元年五月三一日に右に対する重加算税及び延滞税の合計三五一五万〇八〇〇円を札幌国税局に各納付し(なお、当審における事実取調べの結果によれば、右修正申告後に税額変更決定された地方税の増額分二二八二万八三〇〇円についても平成元年五月三一日に完納したことが認められる。)、原判決当時既に税務当局に対する事後処理を終えていたこと、被告人は本件犯行を心底から反省悔悟していること、これまで業務上過失傷害罪で一回罰金刑に処せられた以外に前科がなく、本件を除けばまじめに生活してきていたこと、ことに被告人は、昭和三八年一〇月に二級建築士の免許を受けた後、昭和三九年一二月に白老町の現住所で山本建設の名称で建築業を開業し、昭和四三年には北海道知事に対し右事業の登録申請をし、その後同知事から建設業法に基づく一般建設業の許可(及びその更新)を受けて、二十有余年にわたり一貫して建築業に従事しているものであつて、同法二九条二号、八条五号により右許可を取り消されることになると、自己及び家族の生活の基盤である建築業を営むことができなくなり、これまで営々として築き上げて来た職業上の実績、信用をも一挙に失う不利益を受けることなど、被告人に有利な又は同情すべき事情を十分考慮すると、原判決の量刑は懲役の刑期の点で酷に過ぎるものがあるというべきである。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、被告事件についてさらに次のとおり判決する。

原判決が確定した事実に原判決挙示の各法条を適用、処断した刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役一〇月及び罰金一八〇〇万円に処し、労役場留置につき刑法一八条を、懲役刑の執行猶予につき同法二五条一項を、原審における訴訟費用を被告人に負担させることにつき刑事訴訟法一八一条一項本文を各適用し、主文のとおり判決する。

検察官櫻井弘徳公判出席

(裁判長裁判官 岡本健 裁判官 田中宏 裁判官 中野久利)

平成二年(う)第一二七号所得税法違反被告事件

控訴趣意書

所得税法違反 山本周敏

右の者に対する頭書被告事件につき、平成二年六月二六日札幌地方裁判所が言渡した判決に対し、弁護人から申立てた控訴の理由は左記のとおりである。

平成二年九月一二日

右弁護人弁護士 金谷幸雄

札幌高等裁判所 御中

原判決は、公訴事実と同一事実を認定し、被告人に対し、懲役一年、罰金一、八〇〇万円、懲役刑につき三年間執行猶予を言い渡したが、右量刑は、以下に詳述する情状にかんがみ懲役刑の刑期の点において重きに失し不当であるから到底放棄を免れないものと信ずる。

以下に、その理由を述べる。

一、本件違反の実態は、そのほ脱税額に比し、むしろ酌量の余地がある。

本件ほ脱税額は、昭和六一年一期分で八、二六三万九、五〇〇円に及び同年の株取引にかかる所得(雑所得)の全部である約一億三、二〇〇万円を申告しなかつたというもので、これをもつて多額かつほ脱率が極めて高率であるという見解を一応首肯し得るとしても、ひるがえつて本件違反態様を子細にみると、被告人は、右の所得が一億円をはるかに下回るものと認識していたもののようである(記録二五三丁裏なお、以後は丁数のみを記載することとする。)うえ、昭和六〇年三月ころ、野村證券札幌支店の担当外務員であつた山崎光一から信用取引をすすめられるままに取引額を増大させるにいたつたものであるが、同年は約三、〇〇〇万円の欠損であり(二五二丁裏ないし二五四丁)、さらに、昭和六二年以降の株取引による所得についてはみるべき所得がなかつたことが推認され(三六六丁裏なお、本件強制査察は、昭和六三年六月一日に着手されていることからすると税務当局は被告人の同六二年の株取引を含む確定申告にみるべき法令違反を認めていないといわざるを得ない。)そうすると被告人の株取引については、昭和六一年だけが際立つて突出した所得をもたらしたことが認められる。そして、被告人は、これらの所得を殊更に隠匿して蓄財したり生活費に費消したものではなく従前同様専ら次の株購入資金や委託保証金に充当していたところ(二四四丁裏、三五七丁裏)、前述のとおり本件強制査察を受け、右所得は、最終的には同年分の本税、重加算税、延滞税等の納税資金として費消されており(三六六丁表・裏)結局、被告人は、昭和六一年に株取引により約一億三、二〇〇万円に達せんとする所得をあげたというけれどもそれは観念的かつ計数上の事柄であつて右所得が被告人の実生活場面に寄与した事実は存しなく、これを要するに犯情酌量の余地があるといわなければならない。

二、本件違反結果は、完全に修復されており、また、反省の情が顕著である。

本件は、財政秩序犯であるが、被告人は、本件株取引においては、被告人およびその妻の実名を用い殊更仮名を使用し右取引自体を秘匿する意図は全くなかつたものであるうえ(三六六丁)、本件強制査察を受けた約六カ月後の昭和六三年一二月二日本件ほ脱税額八、二六三万九、五〇〇円をもつて修正申告をなして同額の国税(所得税)本税を、さらに平成元年五月三一日国税の重加算税、延滞税合計三、五一五万〇、八〇〇円を各納付し(二四五丁、二四七丁)、これによつて国税に関する一切の納税を完了しているのみならず、右の所得に伴う地方税(道・町民税)もすでに納付を了しているところであり(控訴審において立証予定)、このことは、本件に関する一切の納税事務が一時的に正常でない状態にあつたが、短期間に完全にその全容が解明・捕捉され修復されたことを物語るものであり、このことは、あわせて被告人の反省の情を如実に示すものと最大限評価されてしかるべきである。

三、被告人において、その受有している建設業許可を失う事態になることは回避されるべきである。

被告人は、昭和三八年一〇月北海道知事より二級建築士の免許をあたえられ、同四三年一二月同知事からはじめて山本建設の名称で建設業法に定める一般建築工事業および一般大工工事業の各営業許可を受け、じ来現在にいたるまで三年ごとに許可(更新)を受けるとともに営業を継続して来、現時点のそれの有効期間は、平成元年一月一六日から同四年一月一五日までのものであるところ(同法三条、八条参照、なお、控訴審において立証予定)同法は、建設業を営む者の資質の向上などを図ることなどを目的とするが、同法の規定する犯罪による場合は罰金以上の刑、同法以外の法令違反による犯罪の場合は一年以上の懲役もしくは禁錮の刑に処せられ、(中略)その刑の執行を終わり、又は刑の執行を受けることがなくなつた日から二年を経過しない者に対しては許可(更新)をしてはならず、現に許可を受けている者のそれは取消すこととなつていることから、被告人は、第一審判決が確定したときは、右許可を取消され、一般建築工事業、一般大工工事業のみならずおよそ建設業を営むことが出来なくなつてしまうという回復不能の著しい不利益を受けることが不可避な事態となり、そうすれば、被告人はもとより被告人の常傭従業員である沼崎智ほか(三五〇丁)の失職を余儀なくさせ、これら従業員やその家族を路頭に迷わす結果を招来することは必然である(控訴審において立証予定、なお、被告人は第一審判決後に建設業法の右規定の存在をはじめて知つたものである)。

被告人については、前述一、二の諸情状が認められるのであるから、本件違反に対し、そのうえさらに建設業法による右の苛烈な不利益処分の発動をもたらすこととなる量刑をもつて臨むことは過酷であり、著しく正義に反するものと確信する次第である。

如上のとおり被告人には有利な情状が存し、加えて被告人の地位、年令、交通事故による罰金一犯のほか処罰歴がないことなどからして第一審判決のうち懲役一年の本刑の刑罰を下回るそれをもつて対処するのを相当と確信し、第一審判決を破棄のうえ、さらに適正な裁判を求めて本件控訴に及んだものである。

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